第3回石橋湛山研究学会

第3回石橋湛山研究学会開かれる(編集部)

第3回の石橋湛山研究学会が平成27年12月12日(土)午後1時より、立正大学 品川キャンパスで開催された。一昨年は設立総会だったので、研究報告を行う学会としては、昨年に続いて2回目となる。
第一部は研究報告で、今回は同時代を生きた吉野作造・朝河貫一・笠信太郎という3人の学者・ジャーナリストと石橋を対比させることによって、石橋思想をより鮮明に抽象しようして企画され、気鋭の研究者3人の報告が行われた。

1人目の発表者は平野 敬和氏(同志社大学嘱託講師)。「大正デモクラシー」の旗手として、石橋と並んであげられる吉野作造との対比が行われた。 平野氏は「石橋湛山のアジア論――吉野作造との比較を念頭に置いて」と題して、石橋が第一次世界大戦後から、新報の経済合理主義に基礎を置く「小日本主義」を深化させて、 理念的なものへの共鳴、アジアへの連帯や植民地主義への批判等、思想家としての姿が現れてきたことに注目し、その後の彼の議論が東アジアの政治・社会状況を論じる方向に変更を迫り、 あらたな形での東アジアでの提携を模索するものであったとした。

2人目は「朝河貫一と石橋湛山の外交論」を報告した山内 晴子氏(朝河貫一研究会理事・早稲田大学アジア太平洋研究センター元特別センター員)。両者の共通点は、「理想主義者であり、同時に現実主義者」であるとして、具体的な共通する思想的背景として、

  1. 仏教的環境に育ち、青年時代にキリスト教に出会う。
  2. 東京専門学校(早稲田大学の前身)に学び、立憲的国民の育成を目指した同校で学んだ。
  3. 新報社の石橋の先輩、植松考昭・三浦銕太郎が東京専門学校のほぼ同期。

をあげた。そして、日露戦争、ワシントン会議、満州事変、日米開戦等への、日本とアメリカ双方からの二人の外交的提言を検証し、たゆまぬ提言と「戦後構想」の提案が、日本の敗戦後の混乱を未然に防いだという点を強調された

最後の若菜 俊文氏(大東文化大学・非常勤講師)は戦前の昭和研究会で「統制経済」を主張した笠信太郎と石橋を対比して報告された。笠は著書『日本経済の再編成』(1939)の中で、さらなる統制の必要性を説き、経済新体制に「利潤統制」を導入することを主張した。この著書の中で、笠は三浦銕太郎の論考を引用しており、その類似性と相違点、また石橋の戦争末期に提案した「民営事業国家借上案」との類似点などを指摘された。

しかし、笠と石橋・三浦の最大の相違点は、「資本と経営の分離」を含むにせよ、笠が思想的・イデオロギー的に、資本主義と全体主義を超えた「新しい社会」を夢想するのに対し、石橋や三浦は、あくまでも「戦時」の緊急避難的な、プラグマティックな観点からの提案であって、笠のそれを「理想的経済社会」として持ち上げることはまったくなかった。と指摘した。

この後、3人の報告に対して、進行役の研究学会世話人の上田 美和氏(早稲田大学)の司会で、参加者からの質問に答える形で、ディスカッションが行われた。 第2部のシンポジウムは、「石橋湛山と東洋経済新報社の対外活動 ―― 経済倶楽部、『オリエンタル・エコノミスト』、『香港東洋経済』を中心として」と題して行われた。 パネリストは増田 弘氏と浅野 純次氏(元東洋経済新報社会長・経済倶楽部理事)、山口正氏(元東洋経済新報社監査役)。

学会への出席者は52人、また学会終了後、立正大学食堂で開かれた懇親会にも32人が参加し、遅くまで交流が行われた。

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