第37回受賞:翁邦雄氏

翁邦雄著
『経済の大転換と日本銀行』

翁邦雄 (おきなくにお) 氏

翁邦雄 (おきなくにお)
1951年生まれ。
1974年東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。同調査統計局企画調査課長、金融研究所長などを歴任。シカゴ大学Ph. D. 現在は京都大学公共政策大学院教授。専門は金融論。

著書

受賞の挨拶

「石橋湛山賞」記念特集③
受賞作の考え方は、湛山思想の一端を受け継いでいるのではと思っています。

本日は名誉ある石橋湛山賞をいただき、まことにありがとうございました。

 

受賞のお知らせをいただいたとき、ひとつ気になったことがあります。それは、石橋湛山という方は非常にすぐれた政治家であり、経済学的な業績がある方ですけれども、しばしばインフレ待望論者、あるいはインフレーショニストだというような批判を浴びてこられたことです。

 

先ほど奥村先生が非常に懇切にご紹介くださいましたが、私の今回の受賞作の主張というのは、デフレを脱却することで成長率が高まるわけではない。そのためだけに絞って日本銀行が政策を行うことは、本来必要な政策から目をそらしてしまう可能性があり、副作用も大きいということです。もし、石橋湛山が本当にインフレ待望論者であれば、むしろ2%のインフレ目標を達成するためにできることは何でもすべきだ、いわゆるwhatever it takes的なやり方をよしとされるのではないか。そのことが気にかかったわけです。

 

したがいまして、受賞のお知らせをいただいてから、石橋湛山評論集を買って、早速いろいろ勉強しました。石橋湛山という方は非常に有名な方ですが、私はご論考の中身についてはあまり知らなかったので、石橋湛山という方はいったいどういうことを言っておられた方なのかと泥縄式に勉強してみたわけです。その結果、わかったことは大きく二つあります。一つは、外交問題から経済問題にわたるまで、非常に多様な問題についてまばゆいほどの業績を上げておられていることです。当時は圧倒的に少数派であることが多く、しかし、今から見ると非常に正しい議論をされていることに感銘を受けました。これが第一点です。

 

第二点は、エコノミストとしては、時代を先駆けすぎていて、誤解される要素が多かったということです。先ほど奥村先生が中村隆英先生の言葉を引用されていましたが、同じように私も中村先生の言葉に印象を受けたところがあります。それは『石橋湛山著作集 エコノミストの面目』の解説のなかにある言葉ですけれども、「石橋は戦前においてすでに現在のマクロ経済学の基礎を体得しており、その枠組みのなかで時事問題を分析する能力を備えていた。その分析は抜群の明晰さと透徹した予見力で際立っていたが、世にこれを理解しうるものが少なく、しばしば誤解を受けて、インフレーショニスト呼ばわりをされることにもなったのである」という部分です。

 

私も評論集を読んでまったくそのとおりだと思いました。私は読む前には、70年前の経済分析の流儀に自分がついていけるのか非常に不安に思ったのですが、石橋湛山という人はある意味で不思議なことに、ケインズの一般理論が出る前から、ケインズの分析手法を完璧に身につけておられたのだということがわかりました。たぶん丹念にケインズの著作をすべて読まれていたのでしょう。したがって、同時代の人には非常にわかりにくいはずですが、現代人にとっては非常にわかりやすい論文を書かれているというふうに思いました。

 

それでは湛山はなぜ誤解されたのか、インフレーショニストだと思われたか、ということですが、たとえば昭和21年7月25日の大蔵大臣としての財政演説を見ますと、「国に失業者があり、遊休生産要素のある場合の財政の第一要義は、これらの遊休生産要素を動員し、これに生産活動を再開せしめることにあると考える。この目的を遂行するためならば、たとえ財政に赤字を生じ、ために通貨の増発をきたしても何らさしつかえがない」と論じています。「たとえ財政に赤字を生じ、ために通貨の増発を来しても」という、およそ大蔵大臣とは思えない踏み込んだ表現は、確かにインフレーショニストという誤解を受けやすいと思います。

 

ただ、この議論の大前提はあくまで、ちまたに失業者があふれ、動かない工場がたくさんあるということです。実際、湛山はこの財政演説でさらに、
「終戦後、多くの企業は収支つぐなわず、生産は停頓、減少し、はなはだ憂うべき状態を示している。これはもちろんインフレ現象ではない。と同時に、またデフレ現象、すなわちふつうの景気循環の場合の不景気とは異なる現象である。……したがって、われわれは、ここに単なるインフレを克服する政策を今日否とするとともに、またデフレを克服するのとも異なった政策を遂行する必要があると信じる」という具合に、含蓄に富んだ議論を展開しています。

 

インフレ克服や、デフレ克服というマクロ政策とは異なった政策の中身というのは、湛山の場合、具体的には石炭の増産に代表されるボトルネックの打開策でした。今日的に言えば構造改革とか、成長戦略につながる話だと思います。経済に真のボトルネックがあるときに、表面的なインフレやデフレだけに目を奪われると、一国の経済政策を誤る、ボトルネック打開にこそ全力を尽くすべきだ。これが湛山の財政演説の考え方だと思います。

 

そう考えますと、私の今回の受賞作の考え方は、僭越ですけれども、湛山思想の一端をそれなりに受け継いでいるものと言えるのではないかと思いまして、評論集を拝読して大いに安堵した次第です。

 

今回の賞をいただくことをきっかけとして、改めて湛山が極めて傑出した存在であったということを再認識する機会を得、そして必ずしもリフレ派ではなかったということも確認でき、そのお名前を冠した賞をいただきましたことはたいへん名誉なことだと強く感じている次第であります。

 

そのことを申し上げて本日の私のお礼のご挨拶といたしたいと思います。

選考過程と授賞理由

2016年度・第37回の「石橋湛山賞」(石橋湛山記念財団主宰、東洋経済新報社協賛)受賞作は、翁邦雄氏の著書、『経済の大転換と日本銀行』(岩波書店2015年3月)に決定いたしました。

石橋湛山賞は一般財団法人石橋湛山記念財団により、東洋経済新報社と一般社団法人経済倶楽部の後援を受けて、1980年に創設されました。政治・経済・国際関係・社会などの分野で、その年度に発表された論文・著書の中から、石橋湛山の「自由主義・民主主義・国際平和主義」思想の継承・発展に、もっとも貢献したと考えられる著作に贈られています。

 

選考は、2015年3月~16年2月発刊の著作を対象に、まず政界・経済界・学界・メディア関係者から推薦された40篇を、財団理事・評議員、東洋経済関係者等による第一次選考委員会で授賞候補を4点に絞りました。

この4点を対象に選考委員の奥村洋彦(学習院大学名誉教授)、田中秀征(財団理事、福山大学客員教授)、叶芳和(経済評論家)、増田弘(財団評議員・立正大学特任教授)、山縣裕一郎(東洋経済新報社社長)の5氏で合議し、翁氏の著作に決定いたしました。

 

なお、授賞作以外に最終選考に残ったのは、広井良典『ポスト資本主義―科学・人間・社会の未来』(岩波書店15・6)、待鳥聡史『代議制民主主義―「民意」と「政治家」を問い直す―』(中央公論新社15・11)、米山忠寛『昭和立憲制の再建』(15・3)の3点です。

授賞式

授賞式は11月4日、東洋経済ビル9階ホールで行われました。

始めに石橋省三財団代表理事から「最終選考委員会は結構大変でした。5名の選考委員の先生方が、まったく違うものを推薦され、1時間ほどのディスカッションを行いました。最初から一つの作品がいいというのはあまり石橋湛山賞らしくなくて、いろいろな意見がある中、集約して一つのものになっていくというところがいいのかもしれません。また、石橋湛山賞はリフレ派にというふうに誤解されるといけないとも思っております。湛山賞はリフレ派応援というわけではございません。見識ある提言的な著作に対して賞を与えるということで、今回幅広い中から選考され、受賞されたというのは、石橋湛山賞にとってもたいへんよかったと思っております。」との報告があり、賞状・盾・副賞が翁氏に授与されました。 続いて、選考委員を代表して、奥村洋彦学習院大学名誉教授から講評があり、これに対して翁氏からは受賞のことばが述べられました。

また、前日銀総裁で青山学院大学特任教授の白川方明氏から祝辞があり、出版元の岩波書店社長の岡本厚氏からも祝辞が述べられました。

講評の様子

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