石橋湛山新人賞

第12回受賞:田中美里氏

田中美里氏
「フランスにおける「公序」とマニフェスタシオンの自由』

第12回佳作:布施豪嗣氏

布施豪嗣氏
『石橋湛山の経済理論 ―古典派的側面を中心に―』

田中美里氏、布施豪嗣氏

石橋湛山記念財団では2008年度から、若手研究者を対象に、石橋湛山の思想(自由主義・民主主義・国際平和主義)に、直接・間接に関わる優秀な研究を表彰したいとの趣旨で、「石橋湛山新人賞」を創設し、今年度で12回目を迎えました。
選考の対象とするのは①政治・経済・社会・文化・宗教等の人文・社会科学系領域、②原則として修士・博士課程の大学院生、③過去一年の間に『大学紀要』など機関誌、学会誌等に発表された論文で、④全国の主要大学人文・社会科学系学部、主要学会等に推薦を依頼した結果、応募のあったものです。第一次審査委員の審査を経て、選考委員の最終協議にて決定します。
最終選考委員は伊藤元重(学習院大学教授)、酒井啓子(千葉大学教授)、藤原帰一(東京大学教授)の各氏と石橋省三(当財団代表理事)の4名です。
今年度で12回目を迎えましたが、近年応募論文の質も高くなってきており、応募する大学も広がるなど、人文・社会科学系の若手研究者を支援するという賞として定着してきました。
2月19日に開催された最終選考委員会で、今年度の新人賞は、田中美里(一橋大学大学院法学研究科博士後期課程)さんの「フランスにおける「公序」とマニフェスタシオンの自由」に、また佳作として、布施豪嗣(慶應義塾大学大学院博士課程)さんの「石橋湛山の経済理論 ―古典派的側面を中心に―」の2本の論文に授賞することとなりました。なお、今年度、2本の授賞論文の他に第1次選考委員会を経て最終候補作となったのは、(杉谷和哉京都大学大学院人間・環境学研究科)さんの「共生社会と民主主義についての試論 ―共生社会に資する政治的ダイナミズムの提示―」です。
例年3、4月に行ってきた授賞式ですが、今年は残念ながら新型コロナウイルスの関係で、中止となりました。授賞者の田中、布施さんには6月19日、24日と東洋経済ビルまでお越し頂き、賞状、副賞等をお渡しいたしました。
授賞式が開催できませんでしたので、選考委員講評、受賞者の謝辞の他に、お二人の指導教官、只野雅人一橋大学教授、中西聡慶應義塾大学教授から、それぞれ祝辞をよせていただきました。

授賞式は中止に / 代表理事 石橋省三

2019年度第12回石橋湛山新人賞は、2月19日に行われた最終選考会議における厳正なる審査の結果、標記の通り、本賞と佳作とが決定されました。本賞と佳作が選ばれるのは、前年度に続き2回目となり、近年における選考対象となる応募論文の質的向上を表しています。
  これを受け、4月7日に、授賞式を東洋経済ビル内会議室で開催することが決定しました。しかし、その後、新型コロナウィルスの感染が拡がりをみせ、残念ながら授賞式は取り止め、感染状況の落ち着きを待ち、6月に、授賞者を個別にお招きして、賞状と副賞をお渡しすることとしました。
例年、授賞式では、授賞作品について、最終選考にあたられた先生方から厳しくかつ暖かいコメントをしていただき、授賞者の研究者としての成長を後押ししてきました。今回は、その機会が失われましたが、先生方には、講評をお寄せいただいています。授賞者の皆様の今後の研究の糧となれば幸いです。
  いずれ、皆様に集まっていただく機会を設けます。その時に、一段と成長された授賞者のお姿を拝見できることを楽しみにしています。

選考委員講評

酒井啓子教授
田中さんの「フランスにおける「公共」とマニフェスタシオンの自由」は、フランスにおけるデモ(マニフェスタシオン)が、実は自由が認められたのは1995年と最近であり、それとフランスにおける「公序」の概念との関係がいかなるものであったのか、「公序」がむしろマニフェスタシオンを「保護」する役割を果たすという点を、1848年以来の歴史をひもとき、憲法学的観点から論じたもので、たいへん興味深く読みました。マニフェスタシオンが禁止されてきた理由が、議会制導入により路上で政治への意見を表明する必要はないとされたこと、フランスの国家の位置づけが、社会における中間的集団の存在を許さず公領域が国家 により独占されるべきものであるとの理念で一貫してきたこと、であるがゆえにマニフェスタシオンと国家の関係は協力的であり積極的に関与するものであって、対峙ではない、という議論は、路上抗議行動の一般的イメージを覆して、面白かったです。丹念に資料を分析し、議論の積み重ねもわかりやすく、構成もしっかりしています。
ただ、歴史的背景についての説明はたいへん整合的でしたが、20世紀後半の展開についての具体的な事例は触れられておらず、現代における「公序とマニフェスタシオン」の関係が掘り下げて論じられていないような印象を受けました。19世紀から20世紀末まで急に飛んだ感があり、その間の展開をどう位置付けるのか、たとえば68年五月革命などはどう位置付けられるのかなど、触れられていない実際の事例をどう分析するのかが、気になりました。この部分が欠けているのが、たいへん残念です。
このテーマは、香港での路上抗議行動の展開に始まり、直近ではアメリカでのBlackLivesMatter運動の広範かつラディカルな展開もあり、ますます研究の喫緊性が高まっているものです。ぜひ、現在進行中の諸出来事にまで対象を広げた、豊かな研究へと発展させていただきたいと思います。
布施さんの「石橋湛山の経済理論――古典派的側面を中心に」は、本賞にふさわしく、石橋湛山の著作を丹念に読み込み、基本である湛山の経済理論に立ち返って丁寧に分析した、まさに秀作だといえます。石橋湛山については、とかく政治家、ジャーナリスト、思想家としての活動、営為に光が当てられ、経済思想家としての彼の議論を、経済学史のなかに位置付けて論じた研究はあまりなかったのではと思います。特に、政治の実務に就く者のプラグマティックな施策として、彼の経済政策が特定の経済理論に基づいているという側面は軽視されていたのではないかと思います。それに対して、湛山思想の古典派的側面を強調することの必要性に着目した本論文は、湛山の経済思想を基本から読み込もうという意欲に溢れています。その点が評価されました。
ただ、論文自体は湛山の引用をもとに論を進める部分がたいへん多く、それはそれで重要なのですが、もう少し著者自身の分析、論立てをはっきり打ち出していく必要があると思います。また、政治家としての経済政策と経済理論に基づく経済政策の間に、彼自身が矛盾や揺らぎを感じることはなかったのか、あったとしたらそれはどういう場面で出てきたのかなどにも論点を広げて議論を展開されると、より深い研究となるものと思います。
伊藤元重教授
 審査委員会では、今回佳作となった布施豪嗣氏の「石橋湛山の経済理論ー古典派的側面を中心にー」を推した。この作品は石橋湛山の著作や政策を時代の流れとともに追っている興味深い分析だ。世界大恐慌を経てのケインズ経済学の普及と古典派からのそれへの反論など、経済思想的展開においても重要な時期と同じ時に評論家としての石橋湛山がどのような論評をしていたのか興味深く読んだ。また、戦後の時期に、政策を実行する立場になった石橋湛山が戦後の復興期の政策やリフレ政策についても興味深い分析が加えられている。
現代的な視点でいえば、ここで語られているようなケインズ派と古典派の議論がどこまで意味があるのか評価が別れるところであるだろうが、経済思想史や経済史の論文ということで評価したい。石橋湛山を調べることの面白さは、一方では思想家・評論家として経済政策の問題に関わってきたと同時に、戦後の時期には政治の中枢で政策実行に関わったことである。同じ人物が、自分の置かれた立場とその時代背景によって変化が見られることが、布施論文で興味深く分析されている。ただ惜しむらくは、この論文の分析対象の時代背景にもう少し踏み込んだ著者なりの分析が欲しかった。その時代の思想家を研究対象とする経済学史の論文であっても、湛山のようにアカデミックな研究者ではなく、経済の現場により近い立場の思想家であるがゆえに、現実の経済の流れとの関係がより深いと考えられるからだ。
この作品が他の候補に比べて著しく優れているのかというと、他の作品の分野が私の専門から遠いので、その判断に迷った。田中氏のマニフェスタシオンの論文は、読み応えのある学術論文という感じがする。専門があまりにも違うので評価するのは難しいが、私のような専門外のものにも学ぶところが多かった。
藤原帰一教授
 布施氏の論文は、経済理論の側面から石橋湛山の研究を振り返り、生産の基礎として労力を重視し、需要不足ではなく供給不足を問題とし、市場を基本的に信頼して統制に反対する立場を取ったことから見て古典派経済学の側面を見ることができると述べている。この論文に示された、経済学から見た石橋湛山という視点は、松尾尊兌、増田弘をはじめとした政治思想としてのリベラリズムに注目する石橋湛山研究とは対照的なものであり、高く評価することができる。もっとも、本論文における古典派とケインズ派の対照のなかから経済理論を位置づけるというアプローチがどこまで適切であるのかについては、私は経済学が専門ではないため判断を差し控えざるを得ない。さらに、1920年代から第二次世界大戦後の復興期に至るきわめて長期にわたる石橋湛山の経済論が対象となっているだけに、その時代のなかで湛山の主張はどのように変化したのかについてさらに補足する必要もあるだろう。それでもなお、経済思想として石橋湛山の業績を捉えることの魅力は失われない。
田中美里氏の「フランスにおける「公序」とマニフェスタシオンの自由」は、路上における抗議行動の法的な位置づけについてフランス法におけるマニフェスタシオン概念の起源から説き起こし、公序概念の変化と組み合わせて論じている。比較法の論文として手堅いが、その終わりに付言された日本との比較には議論の本体に組み込む必要があるように思われた。杉谷和哉氏による「共生社会と民主主義についての試論」はポピュリズムを排除的ポピュリズムと包摂的ポピュリズムとに区別した上で、熟議民主主義とテクノクラシーの両極のなかで共生社会を実現する可能性を探る力作であるが、論文のほとんどは政治思想のなかで展開される概念を紹介し配置することによって占められており、底に展開された概念構成の適否はどうすれば検討することができるのか、規範的分析と実証分析との架橋を行う必要が残されている。

受賞のことば

田中美里氏
 この度は、名誉ある賞をいただきまして、本当にありがとうございました。受賞の喜びもさることながら、審査員の先生方に、拙稿についてのご講評を賜る貴重な機会をいただけたことが何よりも幸せに思っております。今回の受賞を励みに、今後さらに精進して参る所存です。
この度賞をいただきました論考は、フランスにおける、デモ活動をはじめとした路上での集団的政治活動に関するものです。フランスにおけるデモ活動として、記憶に新しいのは、2018年11月から始まったイエローベスト運動だと思います。日本でも多く報道されていましたが、イエローベスト運動では、車を燃やす、店を破壊するなど、非常に暴力的な行為も散見されました。イエローベスト運動に限らず、フランスにおけるデモは、日本人の目から見れば、驚くほど過激なことも少なくありません。それでもなお、市民や行政が、デモ活動の存在そのものを敵視することは、その過激さから想像されるほど多くはありません。なぜ、フランスの社会は、あれほどまでにデモ活動に対して寛容でいられるのか。拙稿では、このことを考えました。社会全体がデモ活動を受容する過程や前提条件を検討したこの論考は、純粋に法学のみに属するものではなく、社会全体のあり方や歴史にも関わるものですので、この受賞をきっかけに、多くの方に関心を持っていただければ、とても嬉しいです。
最後に、この場をお借りして、指導教官である只野雅人先生にお礼申し上げたく存じます。執筆中、論文の内容について、思い悩み、自信を失うこともありました。そうした中でも、只野先生は、まだまだ未熟な私の話を、いつでも温かな笑顔で聞いてくださり、「おもしろいと思うから、しっかり頑張りなさい」と激励してくださいました。只野先生のご指導なくては、ここまで来ることはできなかったと思います。今後も、只野先生の下で勉強させていただけることを誇りに、精進して参りたいと思います。
  

布施豪嗣氏
 このたびは石橋湛山新人賞佳作に選んでいただいてありがとうございます。かなり稚拙な書き方の論文なので、お読みいただき選考していただいた先生方は本当にありがとうございます。また、社会的にも大変な状況の中、授与に向けて動いてくださった石橋湛山記念財団の方々、お忙しい中石橋湛山新人賞に推薦していただいた中西聡先生や、論文を作成する過程で数多くの助言をくださった指導教員である池田幸弘先生、学部時代のゼミの指導教員であり、卒業後もお世話になっている杉山伸也先生にも感謝申し上げます。もともと石橋湛山を研究テーマに選んだのは、学部時代にゼミの指導教員であった杉山伸也先生に卒業論文のテーマとし て勧めていただいたからなのですが、研究しているうちに興味が深くなり、結果的に今まで研究することになっています。
拙稿は経済学史学会の『経済学史研究』に掲載していただいたものですが、初めての論文投稿で、編集をなさっていた出雲雅志先生には大変お手数をおかけすると同時にお世話になりました。また、拙稿のキーワードの一つである「労力」に注目したことは、査読のやりとりの過程で生まれたものであり、査読していただいた先生方にも感謝申し上げます。牧野邦昭先生にも学会でお会いするたびに励ましてくださり、感謝申し上げます。
石橋湛山研究はすでに優れた研究が数多くありますが、まだまだやれることは多いと思っています。湛山が主に活躍した戦間期から戦後にかけては、現代でも基本的な所は変わっていない混合経済体制のフレームワークが形成されていった時期ですが、そうした時期に自由主義的な思想を持ちつつ積極財政を主張するようになっていった湛山の経済思想の形成過程を分析することは、現代的にも意味があることだと思っています。今回の受賞を一つのモチベーションとして、さらに石橋湛山やその周辺の人物の研究に力を入れていければと思います。