石橋湛山評論集

石橋湛山評論集~国家と宗教及び文芸

明治45年5月号『東洋時論』「文芸 教学」

人が国家を形づくり国民として団結するのは、人類として、個人として人間として生きるためである。決して国民として生きるためでも何でもない。宗教や文芸、あに独り人を人として生かしむるものであろう。人の形づくり、人の工夫する一切が、人を人として生かしむることを勇逸の目的とせるものである。

かくいわば人あるいはいうであろう。しからばいかにして宗教と国家、文芸と国家との相衝突矛盾することが あるかと。

しかしその衝突するのはその本来の目的、その本来の立場が異なっておるがためでなくて、その1つの目的を達するため、1つの立場をとるために、一時矛盾撞着するのである。言い換えれば、時代に相応せざる制度、思想を時代に相応するものに改造せんとする努力である。

されば、「国民として生きる前に人として生きねばならぬ」と言う言葉は、私の意味を以てすれば、「国民として生きる前」ばかりでなく、「宗教の中に生きる前」「文芸の中に生きる前」「哲学の中に生きる前」 に人は人として生きねばならぬのである。否、生きざるを得ないのである。何となれば、国家も宗教も哲学も、文芸も、その他一切人間の活動も、皆ただ人が人として生きるためにのみ存在するものであるから、もしこれらの或るものが、この目的に反するならば、我々はそれを変改せねばならぬからである。

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