石橋湛山新人賞

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第16回

 

受賞作

市川周佑氏

沖縄の国政参加の実現過程
――日米交渉と日本側立法過程から――

市川周佑氏
市川周佑氏

選考過程

石橋湛山記念財団では2008年度から、若手研究者を対象に、石橋湛山の思想(自由主義・民主主義・国際平和主義)に、直接・間接に関わる優秀な研究を表彰するとの趣旨で、「石橋湛山新人賞」を創設し、今年度で16回目を迎えました。
選考の対象とするのは①政治・経済・社会・文化・宗教等の人文・社会科学系領域、②原則として修士・博士課程の大学院生、③過去一年の間に『大学紀要』など機関誌、学会誌等に発表された論文で、全国の主要大学人文・社会科学系学部、学会等に推薦を依頼した結果、応募のあったものです。第一次審査委員の審査を経て、選考委員の最終協議にて決定します。
最終選考委員は伊藤元重(東京大学名誉教授)、藤原帰一(千葉大学国際高等研究基幹特任教授)、酒井啓子(千葉大学グローバル関係融合研究センター長)の各氏と石橋省三当財団代表理事の4名です。
16回目を迎える今年度は、6大学院から6編の応募論文が寄せられました。年々応募論文の質も高くなってきており、人文・社会科学系の若手研究者を支援する賞として定着してまいりました。 2月29日に開催された最終選考委員会で、今年度の新人賞は、市川周佑さん(青山学院大学大学院文学研究科博士後期課程)の「沖縄の国政参加の実現過程―日米交渉と日本側立法過程から―」に授賞することとなりました。
なお、授賞論文の他に最終候補作となったのは、山口順平さん(國學院大學大学院法学研究科博士課程後期)の「選挙区レベルにおける非自民党政党の候補者集約(1996年―2017年)」、サリ、モニカ ニラさん(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程)の「ASEAN’s Regional Effort on Cybersecurity and Its Effectiveness」の2論文です。
受賞者の市川さんには、3月26日東洋経済ビルにお越し頂き、石橋省三代表理事から賞状、副賞等をお贈りしました。

選考委員講評

伊藤元重教授
市川周佑氏の論文「沖縄の国政参加の実現過程―日米交渉と日本側立法過程から―」は、沖縄の日米交渉の中で沖縄の国政参加でどのような議論が行われたのか、どのような論点があったのか、当時の資料を精査し、分かりやすい議論を展開している。
沖縄返還には様々な側面がある。基地問題や経済支援の問題などが話題になることが多いが、返還途上における沖縄の国政参加のあり方についての論議という視点を市川氏が提示したことは評価したい。まだ研究の実績の乏しい若手研究者にとって、他の研究者があまり取り扱うことがない分野で独自性を出すことは有意義であると思う。その意味で、市川氏は適切な研究テーマを選択したと言える。
一般論で言えば、沖縄返還過程における沖縄の国政参加の実現のプロセスは、それほど複雑ではないように思われる。返還の過程においては国政参加は制約されており、返還が完了した時点では完全な国政参加が実現するはずだ。ただ、市川氏が指摘するように、現実にはその過程でどのような面で国政参加が先行して進められるのかという点は、当事者にとっては大きな問題となる。沖縄返還は占領から返還への一回限りのステップであるというよりは、プロセスを経た動きとして捉えられる。そうした返還のプロセスを具体的な動きとして捉える視点として、沖縄の国政参加の問題は興味深いものである。
沖縄の国政参加のあり方は、当然、その立場によって当事者間で考え方の違いがある。この論文でも、沖縄側(その中でも異なった考え方がある)、日本政府、そして米国という三者の意見の考え方が比較されている。それぞれがどのような立場をとっていたのか、様々な資料を引用しながら分析している。そして重要なことは、この三者の間でどのようなやり取りが行われ、結果としてどのような国政参加が実現したのか分析が進められている。
返還時の国政参加の問題だけでなく、沖縄に関する様々な問題ではこの三者の考え方の対立と調整のプロセスが重要な意味を持つ。市川氏にも、今後、より幅広い沖縄問題について、この論文で展開したような分析を広げてもらいたい。
今回の選考委員会では、市川氏以外の二人の研究が話題になった。一つは、山口順平氏による「選挙区レベルにおける非自民政党の候補者集約(1996年〜2017年)」である。この研究では、選挙区レベルでの投票データなどの分析を通じて国政レベルとは違った選挙区レベルでの多様性を明らかにしようとしている。データを活用して仮説を検証しようとしているのは好感を持てる。若手の研究者にはこうした研究に積極的に取り組んでほしい。ただ残念ながら、この研究ではデータを整理しただけで分析としては弱いという印象を持った。もう少しデータの分析に踏み込んで欲しかった。
もう一つコメントしたいのが、サリ、モニカニラ氏によるASEANにおけるサイバーセキュリティの地域的な取り組みについての研究、「ASEAN’s Regional Effort on Cybersecurity and Its Effectiveness」である。ASEAN地域全体としての取り組みの有効性と課題について整理したものである。国を超えて地域共通の課題に取り組む事例として、ASEANの事例を取り上げたのは興味深い。論文の内容も読みやすく、このテーマへの興味をそそるものである。ただ、論文全体が制度や取り組みの内容を紹介するものにとどまり、内容に深みが見られない。また、サイバーセキュリティというテーマの特徴にも言及が少なく、この問題がASEANの取り組みにどのような課題を投げかけているのか必ずしも明快には語られていないと感じた。今後の研究の進展を期待した い。

酒井啓子教授
市川周佑氏の「沖縄の国政参加の実現過程―日米交渉と日本側立法過程から―」は、当時の国会記録や外交文書を網羅して、占領下の沖縄で国政選挙を認めさせる試みが、日米間の政治交渉としてとともに、日本国内での法的制約と政治判断との間の緊張関係のなかで進められたことを、詳しく論じた力作である。戦後の沖縄研究においては、返還問題を巡る外交交渉に関してや、沖縄の憲法上での位置づけについての論考が中心であったのに対して、本論文のような、国政選挙に焦点を絞った議論はあまりなかった。特に国政選挙を取り上げても、琉球政府主席選挙にいかに日米両国が関与してきたか、という点に議論が集中し、本論文のような、沖縄の国政選挙への参加が日本国内でどのように論じられてきたかという点に光を当てたのは、オリジナリティな視点だといえよう。さらには、外務省外交文書はむろんのこと、国会における諸委員会議事録、衆議院法制局文書などの公文書に加えて、当時の新聞、放送記録などを丹念に検証している点で、一次史資料に裏付けられた本研究は、きわめて実証的である。地道な現代史研究論文として、本論文は受賞にふさわしい。
そうした豊富な一次資料の活用、地道な研究の進め方、堅実な立証姿勢は高く評価できる一方で、より広い視野を提供する契機を議論のなかに盛り込むことができれば、もっと望ましい。歴史研究としては手堅くまとまっているものの、例えば、ドイツなど、類似の占領下における選挙権がどう扱われていたかなどといった比較の視座があれば、より発展性のある論考になるだろう。戦後の占領統治において、政治優先の外交交渉と国内の法的制約とがしばしば矛盾することは、日本に限ったことではないが、本論が扱う沖縄のケースを一般的なパターンとみていいのか、何等かの独自性を見ることができるのか、そうした議論が欲しかった。
さらには、最終的に本論文が何を目標にして書かれたものかが明確ではない。当時の日米関係を照射する材料としての沖縄における国政選挙問題なのか、占領下の選挙権を巡る問題を事例とした憲法と対米外交関係との整合性一般を論じたいのか、本事例を出発点としていかなる方向に議論を広げ、一般化へと発展させていくのかが、あまり見えてこない。
緻密で地道な研究の姿勢が高く評価されるだけに、ぜひ今後は、狭い範囲での完成度に満足することなく、他分野への展開や比較研究へと挑戦していただきたい。その期待を込めての受賞と理解いただければ幸甚である。

藤原帰一教授
市川周佑氏の論考「沖縄の国政参加の実現過程―日米交渉と日本側立法過程から―」は、日本国籍を持ちながら日本国会に代表を送ることのできなかった沖縄の住民が国政参加を認められる過程を対象として、68年2月以後の日米両政府の交渉と、日本国内、特に与党自民党のなかの協議の双方を分析した論文である。同氏によれば、69年 11月の沖縄返還合意まで合意が得られなかったものの、返還合意後は国政参加が迅速に実現したと論じている。
本論文は従来の沖縄返還交渉研究において注目されることの少なかった国政参加問題の展開を明らかにした点において評価することができる。資料収集も適切に行われており、叙述も安定した研究である。
もっとも、施政権返還が合意される以前において国政参加が認められたならともかく、合意された後において国政参加が認められることには驚きが少ないといわなければならない。それだけに、佐藤政権が沖縄返還交渉を進めるなかで、「核抜き本土並み」などの他の争点との並ぶ課題として国政参加はどれほど重要な争点であったのか、また本土復帰を求める沖縄世論の中で国政参加はどのような意味を持っていたのか、従来から研究の重ねられてきた日米交渉の展開と沖縄の復帰運動全体のなかにおいて、国政参加問題を位置づける作業はまだ残されているというべきだろう。しかし、このような望蜀の言は、本論文への評価を妨げるものではない。石橋湛山新人賞の受賞に相応しい論考である。
他の候補作についても付言したい。山口順平氏の「選挙区レベルにおける非自民党政党の候補者集約(1996〜2017年)」は、選挙区における政党間競合が全国における政党間競合に与える影響に注目し、選挙区における非自民政党の候補者擁立を分析することによって、選挙区の動向を通じた非自民政党による「第2極」結集の可否を論じる論文である。この課題設定は魅力的なものであり、日本の政党政治研究に新たな視点を提供したものとして評価することができる。
仮説と検証についてはなお課題が残されている。選挙区レベルの政党間競合が各選挙区固有の事情によって規定されると仮説に述べられているが、固有の事情とは何か、それはどのように示すことができるのかについては示されていない。仮説の提示に対するデータ解析については仮説が妥当することが示されたと述べられているが、データ解析の吟味が十分に行われているとは言えない。 それでもこの論考は選挙区における政党間競合がなぜ起こるのか、なぜ全国レベルと選挙区レベルの違いが生まれるのかなど、多くの課題を切り開いている。仮説と検証において補強を加えたなら、より優れた論文となるだろう。サリ、モニカニラ(Sari Monica Nila)氏の論考“ASEAN’s Regional Effort on Cybersecurity and its Effectiveness”は、インターネット普及率が高いだけにサーバーセキュリティの課題も急増したASEAN諸国においてサイバーセキュリティへの地域としての対応がどのように進み、どのような課題を抱えているのかというタイムリーな課題を論じている。ASEANの制度的枠組みも、原加盟5カ国と他の5カ国との間のデータ保護立法の差異も明確に示されている。
もっとも、この論文ではサイバー犯罪と技術的対処の実際については、詳しい説明は行われていない。政策提言においては技術的対処の強化とキャパシティビルディングが求められているだけに、このギャップを埋める作業が求められる。ASEANの制度的枠組みからさらに広げ、各国の政策選択とASEANの関わりまで検討を進めたならさらに優れた研究となるだろう。

受賞のことば

市川周佑氏
このたびは、名誉ある「石橋湛山新人賞」に拙論を選んでいただき、誠にありがとうございます。ご選考下さいました先生方に心より感謝申し上げます。今回の受賞を励みとし、今後より一層研究に精進してまいる所存です。
本論は、日米交渉と日本側の立法過程に注目して、沖縄の国政参加の実現過程を分析したものです。私はこれまで、佐藤栄作政権における内閣官房長官の役割や、佐藤政権期の国会運営の展開を分析してまいりました。そのため、本論も日米間の外交交渉過程だけでなく、政府内調整や与野党交渉、国会を巻き込んだ立法過程にも焦点を当てようと考えて執筆いたしました。
本論では国政参加という問題がアメリカの施政権や日本国憲法と深く関わるものであったために、日米間そして日本国内で大きな懸案となっていたことを指摘いたしました。もとより、本論の課題は多く、先生方のご講評の中では、沖縄返還全体での位置づけ、比較研究といったより大きな視角を示していただきました。今回賜りましたご批評をふまえ、他分野へも波及する研究を目指してまいりたく存じます。本論をきっかけに、アメリカによる沖縄統治とは何だったのか、また戦後日本 政治がどのように展開してきたのか、ということに関心をもっていただけたならば、望外の喜びでございます。
最後に、日頃お世話になっている皆様への感謝を申し述べさせていただきます。本論の完成には、多くの方々のご助力を賜っております。なによりも、私の散漫な関心にも意義を与え、導いて下さっている小宮京先生、様々なチャンスを与えて下さる小林和幸先生に深く感謝申し上げます。ここではお一人ずつお名前を挙げることができませんが、いつも暖かい励ましの言葉をかけて下さる皆様にも厚く御礼申し上げます。