石橋湛山新人賞

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第5回

 

受賞作

劉 守軍氏(京都大学大学院 人間・環境学研究科 共生文明学専攻 博士後期課程在籍)

宇都宮徳馬の思想史的研究
―戦後から1949年の政界進出まで

京都大学大学院人間・環境学研究科『人間・環境学』第20巻<2011年12月刊に掲載

劉守軍氏
劉 守軍氏

劉 守軍(りゅう しゅぐん)氏の略歴

1975年、中国山東省泰安市生まれ。1997年中国天津外国語学院大学(現天津外国語大学)日本語学部卒業。大学教員に勤務のち、「本場の日本学を勉強するため」2003年10月に京都大学へ留学。現在大学院博士後期課程で博士論文を執筆中。「博士号を取得したら中国に戻り、引き続き大学教員としての仕事をしながら、日本での留学、研究生活の経験を生かして、日中両国の相互理解に役立てる人材を育成し、また日本外交政治史の研究を引き続き行いながら、日中友好交流に微力を尽くしたいと思います」と語っています。鹿雪瑩夫人とは大学時代の同級生で、2001年に結婚。鹿さんは著書『古井喜実と中国』で昨2012年度の「石橋湛山賞(本賞)」の最終候補に残り、「自由思想」127~128号に論文「石橋湛山の中国政策とアメリカ」を寄せています。

選考委員講評

藤原帰一氏
宇都宮徳馬については、雑誌『軍縮問題資料』に私の恩師・坂本義和も関わっていたので、もちろん知っている。ただ立派な人だな、頑張っているな、とは思ったものの、その文章は面白くなかった。それが今回劉さんの論文に引用されている文章は全くイメージが違い、明快だし言葉にリズムがありワクワクする。目から巨大なウロコが落ちた思いです。注文としては、思想史的研究として、宇都宮の、経済において政府の役割を小さく見る見方と、平和主義がどうつながっているのか。もう一つは戦前~戦後~高度成長期における宇都宮思想のつながりと変化をぜひ知りたいし、一冊の本にしてほしいと思います。

小菅信子氏
私は、今年の初夏から岩波書店で新たに公刊するアーカイブ全集のうち、「平和」についての巻を担当しています。20世紀の平和思想のなかでも、日本人にインパクトを与えた人物のひとりが、宇都宮徳馬先生です。ただ、彼をどう位置付ければいいのか、基本文献となるような解説書・研究書がなくて、困っていました。そうしたら、本当にいいタイミングで劉さんがお書きになった。概説の章を書く際に参考文献にさせていただきます。21世紀に入って、2010年代になって、今日、日本の平和をめぐる思想と実践、理念と行動、政府と市民の関係を考えるとき、宇都宮先生は、非常に重要な人物です。1冊の本にまとめられることを楽しみにしています。歴史学・東洋史として緻密な議論を展開し、文章も大変よいともすれば、。歴史学の中では東洋史への関心が必ずしも高くない中で、このような熱意のある若い研究者が出てくることは、大変歓迎したいし、今後のご活躍を願っています。

原田泰氏
宇都宮は自民党最左派で政界では孤立、晩年は軍縮問題に傾倒したというのが一般論だが、その思想原点を書かれて非常に新鮮でした。戦後の左翼政党の政策に対して〝官僚主義の胴体に社会主義の頭を乗せ、ファシズムの爪を隠した怪物だ〟と批判する。この三者を一体して捉える考え方は今日の新自由主義の人々の思想に先行するものだ。こういう人を発掘し、見事な文章でまとめられたことはすばらしい。注文としては、共産主義からの転向者として、宇都宮はなぜこのような新鮮な社会主義批判の視点を持てたのか。その現代的意味、批判的評価等らも及んでほしい。博士論文としての思想史的研究をまとめられた〝主著〟とともに、ぜひ生前の宇都宮を知る関係者等へのインタビューを含めた〝評伝〟も書いてほしいと思います。

若田部昌澄氏
宇都宮が独自の経済思想をもつていことに着目したのはすばらしい。ただ思想史的研究としては、その源についてもっと言及することが必要でしょう。また宇都宮徳馬と石橋湛山との比較では、それぞれミノファーゲン製薬と東洋経済新報社の経営者としての、経験と視点もあると思う。また石橋湛山との比較では、インフレーションに対する考え方とか、もう少し深めるところができたかなと思うので、ここは課題になるでしょう。そして、社会主義者は転向後も統制経済的になりがちだが、宇都宮はなぜ自由主義的思想に傾いたのか、その元はどこにあるのか興味があります。原田さん言われたよう評伝風の本、いうなれば『宇都宮徳馬とは何者なのか』を期待します。

授賞の挨拶

日中関係打開・日中国交回復に尽力されました石橋湛山先生を冠した賞をいただき、本当に、大変光栄に思い、感謝しております。特に一人の中国留学生にとって、石橋先生の門下生である宇都宮徳馬の研究で受賞できたことを、大変うれしく思います。
また、選考委員の先生達に感謝申し上げます。いつも厳しくご指導下さった江田憲治先生(京都大学教授)と、暖かくサポートしてくださった羽原清雅先生(元朝日新聞政治部長)、および日々苦労を厭わず支えてくれた、妻・鹿雪瑩さんに感謝したいと思います。
現在の日中関係は、石橋先生の時代ほど険悪ではないのですが、厳しい試練に直面しています。いまこそ石橋先生や宇都宮先生のような、先見の明のある政治家が必要になっているのではないかと思っております。また、日中両国相互理解に役立てる人材も必要だと考えおります。
これからもこの賞を励みとして、この賞の名に恥じないよう、他界の石橋先生、宇都宮先生の日中友好の期待に応えられるように、日々頑張っていきたいと思います。
今日は本当にありがとうございました。これからも暖かく見守っていただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

選考過程と論文要旨は、「自由思想」129号(2013年4月発行)に掲載しています。