石橋湛山賞prize
第27回
受賞作
山梨学院大学法学部政治行政学科教授 小菅 信子著
戦後和解〈 中公新書 17年7月刊 〉
受賞者略歴
小菅 信子(こすげ のぶこ)氏
1960(昭和35)年8月生まれ。上智大学文学部卒、同大学院文学研究科史学専攻博士課程修了。 英ケンブリッジ大学国際研究センター客員研究員をへて、現在、山梨学院大学法学部政治行政研究科教授。
著書
『戦争の記憶と捕虜問題』(共著、東京大学出版会)
『東京裁判ハンドブック』(共著、青木書店)
『戦争の傷と和解』(編、山梨学院大学生涯学習センター)
『Japanese Prisoners of War』(co-edition,Hambledon and London)
他 多数
訳書
『GHQ日本占領史 5 BC級戦争犯罪裁判』
(共訳・解説 日本図書センター)
『忘れられた人びと』
(シャリー・フェントン・ヒューイ著,共訳、梨の木舎)
他 多数
※『戦後和解』は初の単著で受賞作に、また「石橋湛山賞」では初の女性受賞者です。
第27回湛山賞選考
選考会:(左写真) 平成18年7月10日
贈呈式: 平成18年9月29日
受賞者: 小菅 信子
著書: 『戦後和解』 (中公新書 17年7月刊)
受賞の挨拶
「石橋湛山賞」を受賞して――小菅 信子:
本日は、栄えある「石橋湛山賞」を受賞させていただきまして、まことにありがとうございます。
普通であれば「これからも頑張ります」と言うところですが、大変若輩ですので「これから頑張って」、皆様のご期待とこの栄誉に応えていけるように、 大和撫子として(ちょっと歳ですが)頑張っていきたいと思っております。
私はイギリスをフィールドとして、1996~1998年の2年間ケンブリッジで客員研究員でした。その時に研究を深めながらも、社会活動として直接、 和解ということにも関わりました。 この二足のワラジは大変厳しいもので(時間的とかではなく)、研究として和解を考えるのと社会活動として和解活動をするのとでは、 随分違うことが分かりました。 しかし私がやりたいことを、まずイギリスの方々がよく理解して下さり、助けてくれたということは、相手方も和解をしたいのだということが 大変よく分かりました。最後は人間と人間のつながり、信頼関係が非常に大きなフィールドだということを改めて感じました。
日本帰って山梨学院大学に奉職することになりましたが、よい理解者に恵まれて、日英の和解についてもいろいろすることができました。 日露戦争講和百年の昨年は(一昨年のサンクト・ペテルブルグに続いて)、湛山の故郷・甲府で、日本海会戦の立役者・東郷平八郎元帥の曾孫さんと、 バルチック艦隊司令長官ロジェスト・ヴェンスキーの曾孫さんが再会するというプロジェクトを行いました。
これからも頑張っていくのではなくて、これから頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
小菅 信子教授・受賞記念講演
「戦後和解――アジア諸国との真の和解、友好を目指して」から
石橋湛山は平和について多くの重要なメッセージを残しています。その中にこんな言葉があります。平和共存が大事である。 戦争ということになれば、「元も子もなくなってしまう。だから、どんなことがあっても平和だけは守られなければならないし、 また、当然守られることになるだろう。ただ、僕が一番恐れ、心配しているのは民族主義、ナショナリズムなんです。 ……ナショナリズムはなくなりません。……なぜなら民衆の感情ですから」と。非常に印象的な批評だと思います。
今、世界は過去に縛られている、と私は見ています。そこで一番難しいテーマが、石橋湛山の言った感情の問題です。 過去に根ざした感情の対立があり、報復の連鎖が世界を縛り、平和と新しい命を窒息させようとしている。 しかしその一方で――というよりも「にもかかわらず」と言うべきかもしれませんが、悲惨な過去を忘却して平和を築いていくことはできないとする固い信念、 あるいは悲惨な過去の出来事を忘れて未来の平和や友好はありえないとする価値観が、私たちの間で共有されています。 これから私がお話しする「戦後和解」というテーマは、そういう時代と世界の中で取り組んでいかなければならない、 政治的で文化的な課題です。
近年、日本は、過去に根ざした問題で様々な困難に直面してきました。しかしこれは、日本だけが直面している問題ではなく、世界的な現象です。 日本で若干早く現れたにすぎません。過去に根ざした感情対立という問題は、過去の忘却を否定しながら恒久平和、かつての敵との友好を希求しようとする時代と 社会で浮かび上がってくる、ある種の歴史現象なのです。
――中略―― 項目では……
1、今、世界は過去に縛られている
2、日英、戦後和解への長い困難な道程
3、民間ベース和解活動の大きい成果
4、日英和解を成功させた要因は何か
5、日中和解への困難を乗り越える具体的条件
6、戦後平和和解の四パターン、忘却せずに和解を
7、東アジア――新しい和への価値観創出こそ
日本と中国、日本と韓国は、相互に誠意ある、相互に高邁な妥協をする必要があります。私たちはもはや、過去を忘れて友好を深めることはできません。東アジアが和と和解について価値観を共有する、新たな和解、新たな和をめぐる価値観を積極的につくり出していく、そういう覚悟を決めるときに来ています。
ナショナリズムをプラスの方向に向ける力、それが和解をめざす人間の力であり、東アジアに真の平和と友好をはぐくむ力であると私は思っております。
ご清聴、どうもありがとうございました。
「自由思想」105号(2006年11月刊)に全文を掲載しています