石橋湛山賞

prize

第29回

受賞作

原田 泰著

日本国の原則〈 日本経済新聞出版社 平成19年4月刊 〉

受賞者略歴

原田 泰(はらだゆたか)氏

1950年生まれ。1974年(昭和49年)東京大学農学部卒業。経済企画庁国民生活調査課長、同海外調査課長、財務省財務総合政策研究所次長などを経て、現在、大和総研常務理事・チーフエコノミスト。

著書
『2007年団塊定年!日本はこう変わる』(共著、日本経済新聞社)
『人口減少社会は怖くない』(共著、日本評論社)
『デフレはなぜ怖いのか』(文芸新書)
『昭和恐慌の研究』(共著、東洋経済新報社)
他 多数

受賞の挨拶

石橋湛山賞」という非常に名誉ある賞をいただきまして、ありがとうございます。この本は、今までいろいろなことを考えて、いろいろなことを分析した結果を集大成したものと思っております。私がいままで考えたり調べたりできましたのも、今日まで私が勤務してきたところ、その中でいろいろお知り合いになった方々のお蔭だと思っております。
湛山先生は、ご存知のとおり、「小日本主義」というのを提唱されている。戦前の日本というのは、領土は小さいから、外国に行って領土を取ってこないとダメだ、領土を取ってこないまでも、海外に移民をさせないとダメだという思想が、非常に強かった訳です。その中で石橋湛山は、領土というものは重箱で、資本や技術がボタ餅だ。資本がないのに領土だけ取ってどうするのだ、ということを言っておられた。つまり貿易と直接投資の重要性を指摘されて、それによって、仮に日本が人口過多であるとしても心することはないと。平和的に日本は発展出来るということを、おっしゃった訳です。
戦後の日本経済の発展を考えてみれば、全くそのとおりであって、異論はありえないと思ますが、戦前にはそういう発想はきわめて少ない、稀なものでした。すばらしい先見の明、それは単に倫理の問題だけではなくて、戦争を避けて平和を維持出来るという思想でもある訳です。
そういう方のお名前を冠した賞をいただけるということは、大変名誉に思っております。皆様方、大変ありがとうございました。

原田 泰氏・受賞記念講演

「日本国の原則――自由、民主主義、経済発展、戦争、平和について考える」から
大和総研の原田です。皆様方、たいへんお忙しいところ、私の講演を聞きに来てくださいましてありがとうございます。現在、株価がどうなるかもわからない中で、ちょっと悠長な話と思われるかもしれませんけれども、一時間ほどお話をさせていただきます。
石橋湛山賞では、最近、エコノミストや経済学の受賞がなかったということで、石橋湛山のエコノミストとしての思想についてまずお話しするのも、私に与えられた役目かと思います。

1、湛山の国際経済学とマクロ経済学1、湛山の国際経済学とマクロ経済学
エコノミストとしての石橋湛山は、まず国際経済学者でした。「小日本主義」を提唱されましたが、これは「大日本主義の幻想」という論文に書いてあります。これに対して、当時の日本の主張といえば、北一輝などは「日本、50年間に2倍せし人口増加により100年後2億5000万人になる。これをを養うべき大領土を余儀なくされる」と言っております。日本は人口がどんどん増えていくんだから、近隣の国に進出してそれを日本の領土としないといけない、そこまでいかなくとも日本の勢力圏にしないといけないということが、北一輝の『日本改造法案大綱』に書いてある。
これに対して石橋湛山は、領土よりも貿易、資本、技術の重要性を指摘しています。石橋湛山は、ジャーナリストであり、東洋経済の経営者でもあり、経済学者でもあり、また政治家でもあって、総理大臣などを務めた方ですけれども、ジャーナリストとして非常に鋭い感覚、鋭い表現力を持っておられました。たとえば領土は重箱で、資本はぼた餅だという。そもそも日本は、資本がないのに領土ばかり求めてどうするんだ、それはぼた餅がないのに重箱を集めているようなものだ、というようなことを言っている。
戦後の日本を考えてみれば、すべての植民地を奪われ、貿易自由化、資本自由化の中で大発展をしたわけですから、重箱よりもぼた餅が大事だというのは、まったく明らかなことですけれども、当時はそういうことがわからなかったのです。
……中略……

2、日本の黄金時代とイスラムの失敗
さて、日本における自由と民主主義がどのように生成してきたのか。自由がどのように日本経済を発展させたのか。それから、統制経済はどのように失敗したのか。自由と民主主義と平和の関係では、日本は明治以来うまくいっていたのです。にもかかわらず、戦前に日本はなぜ誤った道に進んだのかという疑問が、当然のごとく生ずるわけです。
さらに今日、日本はうまくいっていないという感覚が社会の中に広がっています。うまくいかないと、過去の黄金時代に返るべきだという議論になるわけですけれども、それはいかなる黄金時代で、その黄金時代であったゆえんは何だろうかということがいちばん重要になります。
……中略……、以下、主要項目では
3、江戸の成果と明治の経済発展
4、民主主義の好戦性と利得の限度
5、軍人・産業・民衆、誰が利得を得たか
6、近衛文麿は世界革命的共産主義者
7、軍隊という組織の性質
8、井上蔵相の失政で民衆は錯覚
9、軍隊と官僚は組織の論理が同じ
昭和恐慌と満州事変によって、能力と野心のある人々は、戦争こそは富と栄誉をつかむ機会だという感覚にとらわれてしまった。しかし、そうやって戦争という冒険をやった結果が、悲惨な敗北ということになりましたので、それは日本を変えたわけです。人々の野心は、今度は戦争ではなくて、経済的成功のために使われることになって、それが戦後日本の高度成長になったと思います。
その経済的成功は、単におカネがあるから偉いということではなくて、経済的成功は幸福のために使われるべきものであって、それはサンソム夫人やバード女史が認めてくれたような、幸福な日本になるために使われるべきものである、と思います。 以上で私の話を終わらせていただきます。どうもご清聴、ありがとうございました。

「自由思想」113号(2009年1月刊)に全文を掲載しています。